編集者: ノボトニー・ジェローム, OMI 2020年07月12日

読んでください

New! 難民とコロナウイルスの「隠れた犠牲者」

Novotny, Jerry (OMI) ノボトニー・ジェリー
最近の推計によると、世界中で70,754,326人の人々が難民となっている。これらは、迫害、暴力、 武力紛争から逃れてきた人々である。国連難民機関のチーフであるFilippo Grandiは、「世界に平和を生み出すことは不可能に近くなっている」と述べた。2019年には、 約1360万人が新たに避難を強いられた。これほど増加したのは、UNHCRの70年の歴史の中で初めてのことである 。

New! 離婚しない結婚の準備

Itonaga, Shinnichi イトナガ・シンイチ
先日、珍しい友人が突然訪ねてきてくれた。イエズス会の元管区長粟本昭夫神父である。80歳になる彼は、 東京からレンタカーでドライブしてきて、九州各地の殉教地や教会を巡礼しているのだという、老いても元気な神父である 。その夜は、隣に住んでいる同じくイエズス会員である「内観」の岡俊朗神父を交えて夕食を共にして語り合った。

私は身をかがめて、息子にキスをした。

Novotny, Jerry (OMI) ノボトニー・ジェリー
今日の社会では多くの人々が、中絶後に母親が感じる痛みについて理解する。だが、 男性の中絶後症候群についてはどうだろう?胎児が大きくなるのに伴い、こうした中絶の結果、 痛みに嘆き苦しむ父親が増えるという研究結果がある。最近の研究では、子どもに欠陥や障害がある場合でも、 父親は子どもを守りたいと思うことが分かっている。英語の記事を紹介しよう。「『友人』は、 私が我が子のような口蓋裂の赤ん坊を中絶することに賛成するだろうと思い込んでいたが、彼は完全に間違っている」 My 'Friend' Assumed I'd Be Pro Abortion for Cleft Babies Like Mine & He's Dead Wrong

中絶と詩篇139
神の業を破壊する人間

Editorial オピニオン
女性が妊娠するということは、神自身がその女性の中に子どもを形作っているのである。そうすることによって神は自分の栄光を啓示できる。だから出産前の発育を神の造りしものの「素晴らしい」証拠だといわれる。神は世界中のどこかで子どもが授かるといつもこのようにしているのである。夫婦には「事故」や「間違い」を起こすことがあっても、神には決してない。これらは我等の君主である主が新しい人間を創造し、真実の愛を知る機会を与え、神に従順であるように努力している結果にほかならない。

中絶・自然法理論の正しい適用

Irving, Dianne アーヴィング・ダイアンヌ
中絶の是非を問う根本的議論に、ダイアンヌ・アーヴィング博士が単なる「進歩派」「保守派」という中絶論争の定義枠を越えて、見解を展開。動機の如何、母親の生命の救出、困難な社会的状況に係わらず、胎児の死を直接的に意図するという行為である以上、倫理的に許容されることはできない、と主張し、政治的駆け引き論争を越えた共通の倫理学的手段を提示する。

慈善事業の勇気ある新世界:与える側が、人の生死を決定することになるのだろうか?

Smith, Wesley スミス・ウェズリー
ゆえに、資金提供を決断する際寄付者は、特定の生命倫理学的行為を行なっている相手を後援する事によって、より公正かつ利用しやすい医療システムの導入の方向へ国を動かす事になるのか、それとも、前進という名のもとに、実際には普遍的な人間の平等性という根本的理論を密かに傷つけることになるのか、熟考するべきである。資金援助を受けている生命倫理学者は我々を新しい優生学の方向へ積極的に導こうとするので、少なからず注意が必要である。

思いやりの法則

Charles, S. チャールズ
同性に惹かれるという性癖は(同性愛の実際の営みとは違って)、自分で選べるものではなく、とても根深いので、同性に惹かれることのない人は、彼等に忍耐強く思いやりを持たなければならない。人は自分の行動や自分が支持する考えに責任を持つべきであるが、自分で選ぶことの出来ない性癖そのものにまで責任を負わせるのは不当である。「神はホモが嫌い」という標識を掲げても何の役にも立たないし、好きで持った訳ではない性癖を持つ人達への卑怯な中傷に見える。又、実際同性愛を奨励し実行している人達にも、忍耐と思いやりは必要である。性癖は生まれつきのものらしいし、現代社会も「性欲を満たすことは悪いことではない」と同性愛傾向にある人達に言っているようなものだから、彼等の多くは単に無知で「同性愛行為は何も悪くない」と本気で信じるように誤って導かれている。また多くが「セックスをしない事」と「孤独感」を間違って同一視してしまっている。親密で純粋な友情が確立されていればそういうことはないはずだから、本当の友情の意味を見失っているこのセックス奨励社会だからこそ、この二つがいっしょに考えられてしまうのだろう。文化は思いやりや美徳の美しさを隠してしまうことが多くあるので、独自の「ライフスタイル」を送っている人達に繊細で気長な理解を持ち、静かに穏やかに愛をもって真実に立ち会うのが良いだろう。

「憎しみは自らを亡ぼす病だ」

Editorial オピニオン
アンマン取材目的の一つに日本語でも出版されている「それでも、私は憎まない」の著者、パレスチナ人医師、 現トロント大学准教授のイゼルディン・アブエライシュ氏とインタビューすることにあった。