同じ苦しみ知る人「つながりたかった」被害者連帯の時代

朝日新聞デジタル
2018-01-04

「あの頃は、PTSDという言葉も被害者支援の認識もなくて。疎外感を感じました」。東京の立教女学院短大で昨秋、美谷島(みやじま)邦子(70)が講演した。若い世代に「いのちの授業」として、事故からの歩みや安全への思いを話している。

1985(昭和60)年8月12日、夏休みでほぼ満席だった羽田発伊丹行き日航機が群馬県の御巣鷹(おすたか)の尾根に墜落し、520人が亡くなった。9歳の息子・健がそのなかにいた。

全文は下記

https://www.asahi.com/articles/ASKDY64K8KDYUTIL026.html

他の見出し