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安楽死ニュース

元看護師「急変しそうな患者選んだ」…点滴死
捜査関係者によると、久保木容疑者は、神奈川県警に逮捕される前の任意聴取で、入院患者の西川惣蔵さん(当時88歳)の点滴に殺意をもって消毒液「ヂアミトール」を混入させたと認めた。

生きるために死を思う やり残したこと正面から考えて
患者さんからよく聞く言葉に「死ぬのはこわい」があります。みなさんもそうお考えでしょうか。

「延命望まぬ」その一言を後悔 終末期医療、医師に聞く
「父は誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)と診断され、1カ月の入院中は絶飲食のまま亡くなりました。医師から『人工呼吸器はどうしますか』『無理な延命になりますよ』と聞かれ、『無理な延命なら望みません』と答えたそのことが、看護師や他の医師も見る診療記録に、蘇生措置の拒否を示す『DNR指示』と何度も記録されていました」

「おひとりさま」も死後の備えを 代理契約や遺言を用意
身内がいないAさんの場合は、まず死後のことを考えて、死後事務委任契約と公正証書遺言が必要になります。体が不自由になったときに備えて、任意代理契約や任意後見契約も考えておきます。

家族と共に自分の最期を考える「アドバンス・ケア・プランニング」
これまでも、終末期にどこで治療を受けたいか、延命治療を望むかなどを記した事前指示書やリビング・ウィルはありました。ACPでは、本人が意思決定できなくなった時に備え、代わりに意思決定する代理決定者を決め、話し合いの場にも同席してもらいます。何度も本人と一緒に臨むことで、本人の意思を推定しやすくなります。

他のニュース…

安楽死の本

いのちの福音

人工妊娠中絶や安楽死など人間のいのちを軽んじる行為が合法化されようとしている現代社会の中で、神のかたどりである人間のいのちを尊重し、守り、愛することの大切さを、聖書や教会の伝統的な倫理観に基づいて訴えています。
[カトリック中央協議会出版部]

読んでください

「四門出遊で見た病人」病気の苦しみ

Tanaka Masahiro タナカ マサヒロ
五月は鯉のぼり、今の日本の風景だ。鯉のぼりは登竜門の故事「鯉の滝のぼり」に由来する。 霊山の竜門という滝を登った鯉が光輝く龍に変身して天に昇ったという。 端午の節句に鯉のぼりを揚げて子供の成長を願うようになったのは江戸時代からだ。元来は万葉集の額田王の歌「 茜草さす紫野行き標野行き」のように、端(最初)の午の日に菖蒲などの薬草を摘んで健康を願ったのだ。

教皇「すべての人の命は聖なるもの」

Vatican Radio broadcasts バチカン放送局
教皇フランシスコは、バチカンで2月5日行われた日曜正午の祈りの集いで、イタリアの「いのちの日」に言及。 すべての人の命を聖なるものとして強調された。

小池百合子都知事への手紙

Ebihara Hiromi エビハラ ヒロミ
この度は、女性活躍推進大賞を賜り、大変恐縮しております。 普段、自分が活躍できているかどうかなど、まったく意識したこともなく、ご推薦いただけることになった時点でも、私の活動がこんなに評価いただけるとは夢にも思っておりませんでした。ありがとうございます。 重度の、進行性の障害を生まれ持った私の使命は、華々しく活躍するパラリンピック選手や、個性的な芸術活動をおこなったり、起業したりする障害者のようにスポットライトを浴びて社会に広く知られるようなことのない、もっと重度の障害者の、社会における存在価値を、確立することだと思っています。

追悼の意を込めて

Ebihara Hiromi エビハラ ヒロミ
相模原での悲惨な事件。

犯人に対する怒りとか、 被害者に対する悲しみとか、 障害者だって一生懸命生きてるんだとか、 いらない命なんてないとか、 なんやかんやいろんな声が上がっています。

ホスピスケア

Oota Minoru オオタ ミノル
昨日は司祭たちの集会で、岡崎ホスピスケアの代表の二名の女性が講話をしてくださいました。

「痴呆症とお彼岸介護」老いる苦しみ

Tanaka Masahiro タナカ マサヒロ
前回紹介した物語『河童』の主人公は痴呆症だった。痴呆症、それは高齢化が進んだ現代、年老いての主な苦しみの代表だ。四門出遊伝説によると、お釈迦様 は東の門から出ていって一人の老人に遇った。その老人は老衰のあらゆるさまをあらわし、脈絡はふくれ、歯はかけ、 皺だらけで、杖をついてよろめき、手足がふるえていた。当時は、まだ痴呆症は主要な老苦でなかったようだ。

目に見えないトレンド:状況が生命の質を決める

Novotny, Jerry (OMI) ノボトニー・ジェリー
死の文化となれば、法律は手段を選ばないだろう。法律では、胎児、末期患者、 高齢者などが使い捨ての物体として扱われている。そんな法律の下では、状況によって生命の質、 生きて愛情あるケアを受ける価値のある人、あるいはその価値がない人が決められる。最近では、ケーシー・ ケイスンの問題に関わる騒乱と混乱がある。裁判所は食事と水を与え、終末期のケアを行うことと「生命維持」 との違いについて国民に間違った考えを信じ込ませている。これでも控えめに言っているのだから、恐ろしいことである。

延命は必ず必要なのか?

Novotny, Jerry (OMI) ノボトニー・ジェリー
延命は必ず必要なのか?答えは、はっきり言うと「ノー」である。「蘇生禁止」命令が認められる時代が来るかもしれない 。手術をやめて人工呼吸器を取り外す、あるいは治療の中止が医学的に適切とされる時代が来るかもしれない。

ベルギーの安楽死法は悪魔の囁き?

Editorial オピニオン
ブリュッセルのベルギー議会(下院)で13日、18歳未満の未成年者への安楽死を認める法案が賛成86票、反対44票 、棄権12票で採択された。同国上院は昨年11月、既に採択済みだ。フィリップ国王の署名を受けてから成立する。

「命への奉仕者に」教皇とカトリック医師らとの出会い

Vatican Radio broadcasts バチカン放送局
堕胎によって生まれない子どもたち、病気や高齢の人々の顔には、イエス・キリストの顔が刻まれていると述べた教皇は、 命を大切にしない「切捨ての文化」への警告を発せられた。

教皇ベネディクト十六世の347回目の一般謁見演説

Documents,Official ドキュメント,公文書
ご存じのとおり、わたしは(拍手)――皆様の同情に感謝します―― 主が2005年4月19日にわたしにゆだねた奉仕職を辞任することを決断しました。わたしはこの決断を教会の善益のために完全な自由をもって行いました。それは長期にわたる祈りと、神のみ前での良心の糾明を経てのことでした。わたしはこの行為が重大なものであることをよく分かっていましたが、 必要な力をもってペトロの奉仕職を果たすことができないことも同じく自覚したからです。教会はキリストの教会です。だからキリストは教会がご自分の指導と配慮を欠くことを許しません。 わたしはこの確信に支えられ、照らされています。皆様がこれまで愛と祈 りをもってわたしに同伴してくださったことを感謝します。ありがとうございます。 この数日間はわたしにとって容易なものではありませんでしたが、わたしは ほとんどからだでも、祈りの力を感じました。この力は、教会への愛と、 皆様の祈りがわたしにもたらしてくれたものです。わたしのため、教会のため、次の教皇のために、引き続きお祈りください。主がわたしたちを導いてくださいます。

平和を実現する人々は幸いである

Documents,Official ドキュメント,公文書
4 共通善と平和を実現するための道は、何よりもまず、人間のいのちを尊重することです。ここで人間のいのちを、 受精から始まり、成長を経て、自然死に至るまでの、さまざまな次元を含めた意味で考えなければなりません。それゆえ、 真の意味で平和を実現する人は、あらゆる次元で――すなわち、個人的、共同体的、超越的な次元を含めた―― 人間のいのちを愛し、守り、推進する人です。完全ないのちは、平和の頂点です。平和を望む人は、 いのちへの危害や犯罪を容認することができません。 
人間のいのちの価値を十分に重んじず、その結果、たとえば人工妊娠中絶の自由化を支持する人は、このことを通して、 偽りの平和を追求することになることに気づかないかもしれません。人間の人格をおとしめることになる責任回避や、 さらには無防備で罪のない存在を殺害することは、決して幸福も平和ももたらしえません。実際、 出生前の生命をはじめとするもっとも弱い者の生存権を守らずに、平和や、諸民族の完全な発展や、 環境保護を実現することをどうして考えられるでしょうか。いのち、それもとくに初期のいのちを侵害することは、 発展と平和と環境に対して修復不能な損害を与えます。欺瞞的なしかたで、 偽りの権利ないし自由を法制化することも不正です。矮小化された、相対主義的な人間観と、 あいまいな表現の巧妙な使用に基づいて、人工妊娠中絶や安楽死を行う権利の主張を推進しようとするこのような法制化は 、根本的な生存権を脅かすからです。

医者、慈悲、生命を奪うこと

Gomez, Carlos F ゴメス・カルロス
主として、貧しくて十分な治療が受けられない患者と関わっている医者として、また自殺幇助に反対する者として、私は最も弱い患者の公民権と幸福を脅かす運動の高まりを見つめ、ますます恐ろしくなってきたのです。かつては医学倫理の周辺的な要素だと考えられてきたものが、今では新たに前向きにとらえられるようになってきて、かつては罪と考えられタブーとされてきたこと、つまり罪のない人間を意図的に殺すことがほとんど当たり前のことになったということを危倶しています。学会も映画も本までもが全て、医者が自殺の共犯者だと言う考え方を認め広めているのです。

自殺防止の決め手はあるか

Itonaga, Shinnichi イトナガ・シンイチ
ある日の昼のニュースで「過労死・過労自殺に関する電話相談」が行われていることが報じられていた。そういえば、先般の警察庁の発表によると、昨年の自殺者は全国で3万2千155人に達し、9年連続で3万人を越えているという。それに、生徒や学生の自殺も増え、統計を取り始めた78年以降で最も多くなったという。

平和を実現する人々は幸いである

Documents,Official ドキュメント,公文書
4 共通善と平和を実現するための道は、何よりもまず、人間のいのちを尊重することです。ここで人間のいのちを、 受精から始まり、成長を経て、自然死に至るまでの、さまざまな次元を含めた意味で考えなければなりません。それゆえ、 真の意味で平和を実現する人は、あらゆる次元で――すなわち、個人的、共同体的、超越的な次元を含めた―― 人間のいのちを愛し、守り、推進する人です。完全ないのちは、平和の頂点です。平和を望む人は、 いのちへの危害や犯罪を容認することができません。 
人間のいのちの価値を十分に重んじず、その結果、たとえば人工妊娠中絶の自由化を支持する人は、このことを通して、 偽りの平和を追求することになることに気づかないかもしれません。人間の人格をおとしめることになる責任回避や、 さらには無防備で罪のない存在を殺害することは、決して幸福も平和ももたらしえません。実際、 出生前の生命をはじめとするもっとも弱い者の生存権を守らずに、平和や、諸民族の完全な発展や、 環境保護を実現することをどうして考えられるでしょうか。いのち、それもとくに初期のいのちを侵害することは、 発展と平和と環境に対して修復不能な損害を与えます。欺瞞的なしかたで、 偽りの権利ないし自由を法制化することも不正です。矮小化された、相対主義的な人間観と、 あいまいな表現の巧妙な使用に基づいて、人工妊娠中絶や安楽死を行う権利の主張を推進しようとするこのような法制化は 、根本的な生存権を脅かすからです。

やさしく殺して:無意味な延命治療の革命

Smith, Wesley スミス・ウェズリー
文字通りいのちが危険にさらされているにもかかわらず、マスコミはその問題は難しすぎて大衆向けしないと判断して一般的にヒュータイルケア問題を無視してきたのです。その結果、ほとんどの人が医学の倫理基盤が自分たちの足元で変わりつつあることに気づかないでいるのです。しかし、前もって警告しておけば前もって準備できるのです。新薬の提供者が、無力な患者と患者が希望する生命維持治療の間にどんどん立てている障壁を乗り越えるつもりがあるなら、患者と家族は受けたい治療を求めて戦う準備をしなければなりません。

いかなる権威をもってしても安楽死を正当化することはできない

Documents,Official ドキュメント,公文書
高齢者のいのちは尊重されなければならない

他の…