タナカ マサヒロ Tanaka Masahiro

Biographical Note:

1946年栃木県益子西明寺生まれ。1970年慈恵医大卒業。国立がんセンター研究所内分泌治療研究室長および病院内科医師を併任。 1983年大正大学仏教学部編入。1990年同大学院博士課程単位取得退学、西明寺境内に普門院診療所建設。 現在西明寺住職、医療法人普門院診療所の医師として介護老人保健施設看清坊、 認知症対応型グループホーム能羅坊、居宅支援事業所金蓮坊、通所介護事業所中善坊の運営に携わっている。

Website:http://fumon.jp/

Articles at Lifeissues:

New! 「潅仏会と不老不死」死ぬことの苦しみ

「甘露」はサンスクリットで「アムリタ」と言い「不死」を意味する。お釈迦さまは「不死」を覚られて「老病死」の問題を解決された。それで誕生会には、潅頂の香水に代えて「不死」を意味する「甘露」の甘茶をかけるのだ。これは江戸時代から始まった日本独自の風習だが、そこにお釈迦様の教えを観じることができる。

「痴呆症とお彼岸介護」老いる苦しみ

前回紹介した物語『河童』の主人公は痴呆症だった。痴呆症、それは高齢化が進んだ現代、年老いての主な苦しみの代表だ。四門出遊伝説によると、お釈迦様 は東の門から出ていって一人の老人に遇った。その老人は老衰のあらゆるさまをあらわし、脈絡はふくれ、歯はかけ、 皺だらけで、杖をついてよろめき、手足がふるえていた。当時は、まだ痴呆症は主要な老苦でなかったようだ。

「遺伝子診断と差別」生まれる苦しみ

芥川竜之介作『河童』は昭和2年に書かれた。物語は痴呆症の主人公によって語られる。「けれどもお産をするとなると、 父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、お前はこの世界へ生まれて来るかどうか、 よく考えた上で返事をしろ、と大きな声で尋ねる・・・すると細君の腹の中の子は多少気兼ねでもしていると見え、 こう小声に返事をした。僕は生まれたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は・・・」。

医師として僧侶として

私は寺で医療を行っている。それで全日本仏教会から推薦を受け、ローマ教皇庁医療国際会議に計4回招待された。 そこで仏教の立場を発表するとともに、他宗教の状況を知る機会を得た。この会議では、 毎回異なる重要な医療関連のテーマについて、 広い分野から30名くらいの専門家が講演を行う。実質的には医療に従事するカトリック宗教者の勉強会といえる。 ローマ教皇庁関連の医療機関は世界中に10万8千もある。会議は3日間で、 約80ヵ国から800人くらいが参加している。

2003年正月号「藪医迷僧の診療説法」藪医者生臭坊主

「何か知っていて役立つ医療知識を、なるべく楽しく、抽象論議などは控えめに」という原稿依頼だが、 私には難しい注文だ。苦しむ人との付き合いの毎日だから、楽しい話など思いつかない。