中絶後遺症候群の認識

Editorial (オピニオン)
プロ・ライフ・オハヨグループ
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アン[仮名]は中絶をした女性のための支援団体を組織し指導しています。彼女はこれらの女性が抱いている情緒的な問題を直接的に理解することができます。なぜならアン自身が中絶の経験があるからです。

アンによれば、中絶した女性の多くに特徴的な行動パターンがあります。彼女たちは、人間の精神的外傷となるような多くの経験について心理学者によって確認されている典型的な情緒的サイクルを経験するのです。中絶以外のたいていの精神的外傷に対して社会は理解し、その段階を女性が切り抜ける手助けをしてくれます。近親者が死ねば友達が慰めてくれ、もしその悲しみが極めて克服しがたい場合はプロのカウンセラーが快く助けてくれます。しかし中絶に関しては、一般的には、「その問題は解決されています。なぜそんなに悩んでいるのですか。ただ乗り越えればいいじゃないですか。」と言われるのです。

しかし中絶した女性は、ただ乗り越えることができないのです。彼女は苦しい経験をしていて、助けを必要としているのです。だから中絶した女性は典型的な情緒的サイクルを経験するでしょうが、ただ彼女たちは決して「受容期」には到達しないのです。

彼女はどこに助けを求めればいいのでしょうか。中絶選択権賛成の団体へ行くかもしれませんが、中絶選択権賛成の人々にとって彼女は邪魔者なのです。彼らは中絶が原因の情緒的心理的な問題については話したがらないのです。なぜならそれは運動の役に立たないからなのです。

否定

精神的外傷後ストレスの最初の段階は否定です。人々は自分が問題を抱えていることを認めることを拒否したり、その問題を他のもののせいにしたりします。アンは彼女自身の初期の経験を次のように語っています。彼女はバスの待合室で座って、その問題に対処する一つの方法として中絶についての彼女の思いを書き留めていました。その時、会ったこともない女性が彼女のそばにすわり、会話を始めるきっかけとして何をしているのですかとアンに尋ねました。彼女は中絶のことを話したくなかったので、ボーイフレンドに手紙を書いていますと答えました。その女性がボーイフレンドについて質問をし始めたので、アンはついに彼女が中絶について書いていると言いました。するとその女性は、「それでは、あなたは中絶に賛成なのね。」と言いました。アンは口ごもりながら、よくわからないと答えました。するとその女性はさらに自分の二回の中絶のことまで話したのです。夫はまだ医学生で、子どもをどうすることもできなかったので、中絶しなければならなかったと彼女は説明しました。話しながら涙が彼女のほおを流れ落ちましたが、彼女は「でもそのことは大したことではなかったのよ。」と繰り返し言いました。

彼女は中絶の記憶を全て心から遮断していた女性を知っていました。二人が近くの町へ行くことになっていた日まで、彼女たちはいろいろと計画を立てていました。しかし出発しようとする矢先に、彼女の友達が床に座り込んで、行けないと言ったのです。彼女がどうして行けないのかと尋ねると、彼女の友達は「わからないわ。でも何か恐ろしいことがそこで私に起こったということだけはわかるの。だからそこへは戻れないのよ。」と答えました。数ヶ月後その町で彼女が中絶をしたという記憶が表面化したのです。

自分が抱えている問題の原因を認識できないとき、人々は様々な心理的防衛規制に訴えます。情緒的に健康な女性は、いくつかの違った比較的無害な方法を用いるでしょう。そうでない女性は、一つの方法を繰り返し使い結果的に強迫的な、しばしば破壊的な行動をとることになります。極端な場合は、薬物の乱用や乱交に訴える人もいます。多くの人が一見なんでもないことで極端に腹を立てたり落ち込んだりするのです。

罪悪感

否定の根底にはしばしば信じがたいほどの罪悪感があるのです。アンは彼女の支援団体に来ている多くの女性が「中絶」という言葉を口にする気にさえなれないと言います。彼女の知っているある女性が外出して何かを盗み、刑務所に入れられたいからそうしたのだとアンに言いました。彼女は中絶をした後、自分は自由に歩き回るに「値しない」と思っていたのでした。(彼女が盗んだものはたいしたものでなかったので、裁判所はわざわざ彼女を起訴することはしませんでした。裁判所は彼女に警告を与え釈放したのです。)

中絶した後、再び妊娠した女性は、中絶の罰として赤ん坊が奇形になるのではないか、あるいは死産するのではないかと必要以上に恐れます。もし流産や何かほかの問題が生じれば(実際全ての妊娠の約15%は流産となるので、このことは異常なことではなく、中絶とは全く関係がないかもしれないのです)、彼女は神様がきっと自分に罰を与えているのに違いないと思ってしまうのです。

償い

何とかして失われた赤ん坊の償いをしようとする女性がたくさんいます。中絶をした女性は、中絶をした日、または子どもが生まれたであろう日に再び妊娠することがよくあります。アンはこれらを「償いの妊娠」と呼びました。異常なことに、彼女たちはしばしば、また中絶をしてこの妊娠を終わらせるということをします。彼女は、毎年中絶をした日のころに、猫か犬をよく買っていた女性を知っていました。最初彼女はこうすることと中絶との関連がわかりませんでしたが、それは彼女の母性本能に対する代償物を探す彼女なりの方法だったのです。しかし彼女が本当に欲しかったのはペットではなく赤ん坊だったので、数ヶ月経つと、翌年また別のペットを買うまでに、彼女はいつもその猫や犬を売り払ったのでした。やっとその関連が分かったとき、彼女はその強迫的行動を克服することができるようになり、本当に自分の感情に対処することができるようになったのです。

カウンセリング

中絶をした女性のだれもがこのような情緒的な問題を経験するわけではありません。それがどの程度拡がっているかは実際誰も知りません。しかし非常に多くの女性が助けを求めているのです。何も言わずに苦しんでいる女性はどのくらいいるのでしょうか。

中絶した女性が最初にしなければならないことは、中絶による喪失感を認識することです。これは誰も代わってしてあげることができないことなのです。できることは、彼女に彼女の喪失感を表現できる安全な環境を与えてあげることだけなのです。彼女を裁いたり彼女に何をすべきかを言ったりせずに、快く彼女に話させてあげなければなりません。一度喪失感の存在を認めることができれば、彼女はその状況に対処するための第一歩を踏み出したことになるのです。たとえそれが「赤ん坊の喪失」でなくても、ただ何らかの喪失を認めることができれば、彼女は第一歩を踏み出し始めたことになるのです。多分彼女はボーイフレンドや、両親との関係や、失われた若さとか清らかさのような漠然としたものの喪失でさえ認めることができるでしょう。

中絶によって人間関係がひどく傷つけられることがしばしばあります。もし彼女のボーイフレンドや夫や両親が彼女に中絶をするようにプレッシャーをかけた場合、彼女は自分が愛し信頼していたこれらの人々に裏切られたという怒りや憤りの感情を持つかも知れません。アンはある調査を引用して、中絶の後ほぼ90%の夫婦の関係が破綻をきたすと言いました。

もしあなたがそのような女性のカウンセリングをしようとしているのであれば、まるであなたが彼女の問題に責任があるかのように彼女があなたを激しくののしることを覚悟しておいてください。特にもしあなたが男性ならば、男性がそもそも彼女をこのような状況にいたらしめ、しばしば中絶をするようにプレッシャーをかけたので、男性に対する激しい怒りや憤りの感情を抱いていることがしばしばあるのです。

もしその女性が喪失感を認めるために積極的に歩みだせば、そのことが役立つときがあります。アンは赤ん坊の思い出として何か、たとえば詩を書いたり教会のピアノの上に花を置いたりするようなことをしたほうがいいとよく言っています。

次の段階は罪悪感を克服することです。彼女は神様が許してくださるという安心感を与えられなければなりません。彼女は自分自身を許せる地点に到達しなければならないのです。彼女は、自分の行為の実際的な影響が残っていても、それが神様から許されていないということを意味するのではないということを理解しなければなりません。彼女は壊れた関係や中絶が原因の医療問題や自分自身の喪失感や虚しさと取り組まなければならないかも知れないのです。しかしこれらのことは神様の許しとは全く関係がないのです。彼女がなんとか自分自身を許せるようになるよりもずっと前に、神様は彼女を許して下さっているでしょう。

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