いのち、この尊きもの

Hirata, Kunio (ヒラタ・クニオ)
医学博士 平田國夫
生命尊重センター副代表
出典 聖母の騎士 2020年5月号
許可を得て複製

昭和56年4月マザーテレサは、東京池袋で行われた生命の尊厳を考える国際会議で、預言的言葉を述べられました。「 子は神の最高の贈りものです。日本は素晴らしい国です。日本人も素晴らしい。でもお忘れなく、 子を望まねばそれも消えます」と。今それが現実のものとなってきています。日本の人口動態で見てみますと、 2020年の総人口1億2532万人(70歳以上が約22%)がわずか45年後の2065年には8808万人( 70歳以上が約32%)に急減すると予測されています。また2019年度の15歳未満の子ども数は1533万人で、 38年間連続で減少して過去最少となっています。 今後も減少し続けて2065年度には898万人になると予測されています。 15歳未満の子どもの総人口に対しての比率は現在12.1%ですが、何と世界各国の中で日本が最低となっています。 1973年に200万人を超えていた年間の出生数は減り続けていて、2019年度は86万4千人となりました。 もはや回復不可能とも言われる日本の人口減少については、多くの方々が既に気付き危機感を持っておられます。

一方殆どの方に気付かれる事無く、膨大な数の人間の尊い命が、いとも簡単に捨てられつつあります。 堕胎件数は届けられた分だけで年間16万8千件と公表されていますが、その何倍もの子どもの命が、 毎年こっそりと生殖補助医療の名のもとに抹殺されているのです。女性の社会進出希望による晩婚化によって、 第一子出産時の母の平均年齢が年々遅れ1975年に25.7歳であったものが、2016年では30. 7歳となっています。母の年齢階級別での出産数は、1980年度では20〜29歳の出産数が全年齢での出産数の62. 3%であったものが、2016年度では24.6%に落ちています。この間逆に35〜44歳での出産は6.4%から36 .5%に急激に増えています。女性の妊娠・出産に一番適した年齢は20代半ばと言われています。 それ以降は年齢とともに妊娠しにくくなり、特に35歳以上での妊娠率はかなり低下し、胎児の異常率は増えてきます。 この為不妊治療を受ける女性が年々増えています。日本で最初に体外受精児が出生したのは1983年でした。 その後急速に増え続けて2016年に行われた生殖補助医療件数は447790件にのぼり、 それによって生まれた子どもは54110人となっています。生殖補助医療の手技には様々有りますが、 原理的にはまず卵巣刺激後に卵巣から卵子を採り、種々の方法で精子と受精させていくつもの受精卵を作製し、 それを培養した胚を子宮に戻す事によって行われています。 その際使用されない受精卵や胚は廃棄物として処理されています。平均一件あたりの廃棄を2個としても、 2016年度だけでも約90万人の幼い命が闇に葬り去られているのです。実際には3個以上廃棄される事もあります。

母体内の胎児や受精卵は、どれ程形は小さくても、私達と同じ人権を持つ、尊い与えられた命を持つ人間なのです。回勅「 いのちの福音」には「受精卵は一人の人間、しかも特定の特徴を既に備えた一人の個人」と述べられています。 これにつきましては、本誌の2020年1月号もご覧下さい。

近年の妊婦の高齢化によってもたらされる命の脅威は、これだけではありません。 不妊症治療による排卵誘発剤や体外受精によって、多胎妊娠率が自然のそれよりも数倍から数十倍に増加しています。 一般的に3胎や4胎以上の場合にしばしば減数手術が行われています。 これは生きている一部の胎児の心臓に塩化カリウムを注入して殺して胎児の数を減らす手術です。 出産年齢の高齢化に伴うもう一つの大きな問題点は、母体の高齢化による染色体異常発生率の増加です。 ダウン症の発生頻度は概略20歳では約1500人に1人ですが、35歳で400人に1人、 40歳では100人に1人と言われます。胎児の異常を知る為の出生前診断は以前から超音波検査、羊水検査、 絨毛検査が行われて来ましたが、妊婦の血液中に含まれる胎児のDNA断片を利用して染色体異常の有無を調べる、 新型出生前診断の希望者が妊婦の高齢化によって急速に増えています。

本来はもし異常が出た場合の両親へのサポートやカウンセリングに役立てる目的もあり、 検査施設の認定はそれらが充実している事が基準の一つでしたが、 2019年に条件を緩やかにする改訂が検討され始めました。早速生命尊重センターは「 新型出生前診断実施施設の改定案に反対します」という要望書を日本産婦人科学会に提出致しました。 染色体異常が出た場合実に94%が堕胎しており、 現状の基準ですらいのちを守る立場からのカウンセリングが十分に機能していない事は明らかだからです。

フランシスコ教皇様は訪日前の談話で「現代において一つの傾向が見られます。 それは不要と思われるものは排除するという傾向です。 その中には生まれる事を許されなかった子どもや高齢者も含まれます」と述べられました。 2016年の障がい者施設での大量殺人事件の犯人の考えこそ、優生思想そのものだと皆がこぞって非難しましたが、 もし染色体異常が出たら堕胎するという気持ちで、出生前診断を受けるなら、 この犯人と同じ事をすることになるのではないでしょうか。またフランシスコ教皇様は長崎と広島を訪れ、 核兵器はそれを所有する事すら倫理的に許されないと言われました。長崎と広島での原爆による死者数は15〜24万人とも言われていますが、日本では堕胎と生殖補助医療で失われる命は、 急激に増え続けて年間100万人をはるかに超えています。毎年日本に数発の原爆が落ちているのです。 これこそホロコースト・第3次世界大戦と言えるのではないでしょうか。 私達はいかなる理由があろうとも戦争や核兵器の使用に反対しています。これはとても大切な事です。 しかしもし堕胎したり体外受精を受ければ、それは核兵器のボタンを押す事と同じ事ではないでしょうか。

わずか40年足らず前の1983年の体外授精児誕生から始まったこの幼い命の大量抹殺は年々増えて、 現在も増え続けているのです。それに加えて2011年に解禁された緊急避妊ピルの普及によっても、 着床を阻害された受精卵が生きる事を許されずに流されています。

黙示録6-10に「殺された人々が大声で叫んだ。真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、 地に住む者に私達の血の復讐をなさらないのですか」と記されています。この叫びに答えて今私達が為すべき事は、 正義と平和運動の根本にまずプロライフの理念を据えて、宗派のワクを超えて、 受精卵からの人のいのちを守る活動に参加して活動する事ではないでしょうか。 そして悲しい辛い思いの中で前記の様々なことを体験されてきた女性に対しても、 いのちの福音では次の様に呼び掛けています。「謙遜と信頼を持って悔い改め、今は主のもとで生きるあなたの子どもに、 赦しをもとめることによって、人が生存権を持つことの、もっとも雄弁な擁護者となりうるのです」と述べられています。 「私は道、真理、命である」と言われた主は、私達全ての者を等しく愛されておられ、死の文化ではなく、 いのちの文化の中で生きるようにと導いておられる事を、心に留めたいと思います。

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