癒された傷

Malkos, Kimberly (マルコス・キンバリー)
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診療所のカウンセラーは協力的でした。彼女は私の話に同調してくれるので、すっかり調子に乗ってしまったのですが、実際は、患者候補生への親切も営業のうちであろう事までには頭が回りませんでした。彼女は、私の妊娠が予定外であったこと、味方が誰もいないこと、心に生じた歪について語る私に静かに耳を傾けていました。話しを聞き終わると、彼女は机の向こう側から書類を差し出しました。

「内容をよく読んで、ここにサインして下さい。」彼女は用紙の空白の箇所を指して言いました。「お読みになった内容をよく理解した上で処置に同意するという承認の署名になります。」

「処置」。中絶という忌まわしい現実に対して、良心の痛みを和らげるために慎重に選ばれた遠回しな言葉。

私がその診療所にたどり着くのは並大抵のことではありませんでした。私は妊娠してしまいました。だけども彼のことを愛していました。だから彼と結婚して子どもを育て、ずっと幸せに暮らしていけると思っていました。しかし、すぐに誰もが私が思い描く「愛」を感じるわけではないと気づきました。私のボーイフレンドは失踪してしまったのです。私は一人取り残され、暗闇に立ちつくしていました。

それでも、子どもを胎内で育て続けるつもりでいました。マタニティー・ドレスを縫い、赤ちゃん用のキルトを作りました。私の体と心の中に生き始めた子どもの存在を私の人生に受け入れたかったのです。

しかし、全ては怒りと声高な助言と突きつけられた人さし指に変わっていきました。流れの激しい水のように言葉が頭の中で渦巻きます。「ふしだら」「無責任」「恥知らず」。その言葉が私を押流し、私は不幸になっていきました。精神的な苦痛の波で溺れそうになり助けを求めて叫んでいました。その時、誰かが中絶を勧めたのです。簡単ですぐ終わるし、何の痛みもないよと。

神によって本来与えられた母性本能を押つぶすのは、ほとんど不可能といってよいほど困難でした。しかし、結局私は地元の産婦人科に予約し、自分は懸命な選択をしたのだと自分自身に言い聞かせました。

用紙の記入が終わると、ひんやりとした消毒室に連れて行かれ、服を脱ぐよう言われました。看護婦は着替えようの上着を手渡すと出て行きました。そして少しすると私の子どもを殺すことで私の悩みを解決してくれる医師を伴って戻って来ました。彼は乱暴にせかせかとゴム手袋をはめました。たぶん患者に良心に従う暇を与えないように急いでいたのでしょう。

「始めましょうか。」 彼は私の足元のライトのスイッチを入れながら、私に指示しました。「そのまま後ろにもたれかかって下さい。」

部屋中に殺人機器のうなりが響きわたりました。私は、天井の丸い模様の抽象的なパターンに必死で注意を集中しようとしていましたが、涙が枕の上に転がり落ちていきました。麻酔がよく効かなくて、抑え切れない焼けつくような痛みを下腹に感じ始めました。赤ちゃんの小さいけれども完璧に生成された手足も、あどけない顔も、吸引されて血だらけの微塵になって行くのを感じながら、苦しみのあまり身もだえしました。

私は、体と心の両方の苦痛に襲われました。赤ちゃんにそっとさよなら言った次の瞬間私は意識を失いました。

「キンバリーさん!」静かな無意識の世界に看護婦の声が割り込んできました。「キンバリーさん!」もっと大きな声で繰り返します。

私はまぶしい蛍光灯の灯りに目を細めながら、覆いかぶさるように覗き込んでいる声の持ち主をみようとしました。

「終わりましたよ。」今度は少し声をおとして言いました。「気絶していたんですよ。痛みが余程ひどかったらしいのね。」

回復室で力なく座って、オレンジジュースをすすりながら、部屋にいる他の女の人を観察しました。年代はばらばらでした。着ているものも生活も違うようでした。それでもみんな共感と嫌な結び付きとをお互い感じていました。ここにいる全員が子どもの殺りくに賛同した者たちだと。ひきつった笑みと悲しげな目が私達の胸のうちを語っていました。

中にいれば安全に守られるはずの子宮は、手術医のナイフで崩壊しました。私の子どもの切り刻まれた肉片は、病理研究室行の容器一杯になっていたでしょう。研究室では肉片を調べるのです。堕胎が完全であったか、血みどろの肉片は実際に「受精の結果出来たもの」であったかどうか。(「受精の結果出来たもの」とはまたしても遠回しな表現。)

葬式や別れの気持ちもなく、単にいらなくなった消費物を捨てたに過ぎない程度の運命をたどるのです。

中絶後は耳にしていたのとは違って回復は困難でした。肉体的かつ精神的な合併症があったのです。

子どもを育てるのと同じように一日中中絶と関わりあっていなければなりませんでした。子育てと違っていたのは親であることの喜びも試練もなく、あどけない笑顔もなければ心が溶けるような「ママ、大好き」の言葉も聞かれないことでした。私の側にあったのは強まる苦痛と「中絶」という言葉を思い出す度、聞く度に感じる切ない想いでした。

私の精神は苦しい現実に耐え切れませんでした。現実に立ち向かうのは後回しにしようと決め、言い訳と責任転嫁によって、罪の意識と悲しみを押し隠したのです。

数年後、イエス様は私の身代わりとなって十字架に架けられたのだと分かり、それ以来私は私の人生をイエス様に捧げる決心をしました。私は生まれ変わりました。でも、子どもを殺したという記憶にさいなまれることには変わりなかったのです。まだ、中絶した自分を許せず、自分自身を強く非難するようになりました。でも、神様の真実の愛は、精神的苦痛を自分に課し続けようとする私をとどめてくれたのです。ある静かな晩、私は神様と共に過ごしていました。その時、私の心の傷が神様の愛の清らかな光に少しずつさらけ出されていくのが分かりました。

神様は、私が神の救いを信じたとき、「東と西が遠いように、私の罪を遠くに引き離して下さいました。(詩篇103章12節)

神様は私が自分自身を許すことを望んでおいでだったのです。

神様のおかげで私は自分の犯した罪と向き合うことが出来、今までなんじゅうにも覆い隠していた中絶の事実が徐々にさらけ出されて、その事実を現実的にとらえることができたのです。悲しい思いが沸き起こってきて、涙がとどめなく流れました。苦しんでいた心の叫びを聞いた聖霊が働きかけてくれたに違いありません。

八年にわたって罪の意識にさいなまされ続けてきた心の傷の膿が今一度に噴き出し始めました。

大切な生命のあまりにも早く終わりを遂げた運命を嘆いているうちに、辛さと良心の呵責で満ちていた胸が神の力で空っぽになっていくようでした。神はその空間を全能の神と神を信じる者の間にのみ生まれる完全な幸福感で一杯にして下さいました。

そうして、私は長い時間座っていました。ずっと自らに禁じていた罪の許しを心に受け入れながら。

一度はこの曲がりくねった運命を私にお与えになった神様が、不健康な私の精神に活力を吹き込んでくれたのです。その愛に接して、自己非難で物事が見えなくなっていた私の目は大きく開かれました。神様は息が詰まる程重かった私の心の荷を軽くしてくれました。

最も無抵抗な弱者を手にかけたという罪は私の心に深い傷として残りました。でも、その罪は、自分の子どもを殺した罪の血が救世主の血で覆われた十字架のもとに葬られました。

私の手をとる救世主の顔をその子が見た時、かつて粉粉になった母子の絆は回復し、完全な癒しがなされるのだと私は信じています。

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