「釈尊の死亡診断」お釈迦様の病気
雨安居のとき風病による背痛

Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
元 坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
2003年6月掲載
許可を得て複製

日本の6月は梅雨の季節、インドでは雨期が3ヵ月も続く。雨を意味する梵語が雨安居とも漢訳され、 陰暦4月16日から7月15日頃まで、お釈迦様の集団は遊行を休んで定住修行された。80才の時、 釈尊はヴァイシャーリーの近くの竹林村にて阿難尊者と二人で最後の雨安居に入られた。そこで死ぬほどの激痛が起ったが 、禅定に入って苦痛を癒されたという。その後、有名な「自灯明、法灯明」の話をされた。そして安居が明けたとき、 残り3ヵ月の命であると宣言された。その後も遊行を続け、約200キロ離れたクシナガラで死亡された。 1日平均7km歩かれた計算になる。

釈尊の病気は風病による背痛、すなわち四大不調というときの風大の病であるという。 痛みが起きたのは安静時であったこと、そして歩行が可能であったことから、痛みの原因は骨格系の病気ではなく、 内臓の炎症や癌であった可能性が高い。そして余命3ヵ月と予測できるとすると、思いつく病気に膵臓癌があるが、 確実なことは解らない。

お釈迦様の命日は7月から3ヶ月後とすると陰暦10月頃となる。 スリランカその他の上座部仏教徒は釈尊の誕生と成道と涅槃をヴァイサーカ月の15日にお祝いしている。 これは日本の花祭りと同じ季節なのだが、ヴァイサーカ月が第2の月なので2月15日と訳され、 この日に涅槃会が行われるようになったらしい。

最後の朝餐

金属細工人の子である周那(チュンダ)の供養を受けたのが釈尊最後の食事となった。その日、下痢と下血を起こしながら 、約30km歩いた。口渇と疲れを訴え、休んで水を飲み、川で沐浴し水を飲み、そしてその夜に死亡された。 昼間30kmも歩いた人が、その夜に死亡するということは、 夜になって心筋梗塞等の新たな急性疾患を起こした以外は通常考えにくい。しかし、下痢をしながら歩いたために、 脱水状態が進んで合併症を起こして亡くなられた可能性も考えられる。最後は禅定に入って亡くなられた。 最後の朝餐で食べた料理は南伝によるとスーカラ(野豚)・マッダヴァ(柔らかい)という。これが野豚料理なのか、 あるいは豚に探させるトリュフのような茸料理なのか判明していないようだ。

以前私がいた研究室にイランの原子核医学者が研修に来た。滅菌した手術衣を着て手術室に入っているときでも、 時間が来ると礼拝を始めてしまうイスラム教徒だった。私たちが近くのレストランでヒレカツを食べたとき、 彼も同じものを注文して食べてしまった。食べ終わってから豚肉であったことを知って、トイレに駆け込んで吐いたようだ 。宗教上の理由で吐いたのかと聞くと違うと言う。日本人が猫や犬の肉を食べたら気分が悪くなるのと同じだそうだ。 知人でネパールの大学の美人教授が国際学会で日本に来たとき、ビフテキが食べたいというので御馳走した。デリー・ 釈迦さんという。植物学で稲の病気が専門だ。釈迦族の王様は代々飯の王という名前だったが、 現代の釈迦さんも米を専門にしている。ヒンズー教では牛を殺さないが、輸入牛肉はネパールでも食べるそうだ。

お釈迦様も既に調理されたものであれば肉料理を食べた。周那のスーカラ・マッダヴァが赤痢菌で汚染されていたとしても 、死亡するのに1日は短すぎる。赤痢菌は少量の菌が入っただけで感染するが、発病まで1〜4日で、発熱、左下腹部痛、 粘血性の頻回の下痢、ときに嘔吐を伴う。志賀潔先生が発見した赤痢菌の志賀毒素は近年話題の大腸菌O-157も産生する。出血性大腸炎を起こし、溶血性尿毒症症候群で死に至る。日本では稀になったが、 世界では毎年2億人が赤痢菌で赤痢になり65万人が死んでいる。人、食物、その他あらゆる汚染されたものから感染する 。従ってインドなど赤痢菌が存在する場所では、少しの菌も口から入れない様に注意が必要だ。

赤痢アメーバも粘血便や下痢を起こすが、通常慢性に経過する。ときには腸穿孔による腹膜炎などで死亡する。 現在世界で約5億人が赤痢アメーバに感染し、毎年4〜11万人が死亡している。

下痢発症から1日で死亡する病気としてはコレラがある。しかしコレラは下血を伴わなず、 米のとぎ汁用の下痢と嘔吐で高度の脱水を来す。釈尊には下血があったのでコレラらしくはない。

長阿含経では、周那の供養で釈尊が食べたのは栴檀樹耳となっている。 栴檀の樹に生えた茸を出したのは釈尊の癌を治療する目的だったかもしれない。 この茸が毒茸であった可能性も指摘されている。毒茸は7種に大別され、 そのうちコレラタケなどのアマニタトキシン群は毒性が強く死亡率が高い。主成分アマニチンは熱や乾燥に強く、 調理しても変わらない。食べると6〜24時間で嘔吐、腹痛、コレラ様の下痢を来す。1〜3日後に肝腎の障害が現れて肝不全で死亡する。

お釈迦様の死亡診断は難しい。手がかりとして余命3ヵ月と痛みと下痢と下血があったけれども、 単純に腸管の炎症や癌の一つの病名では説明できないようだ。

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